サラリーマンマイカー訴訟
サラリーマンマイカー訴訟
税大ジャーナル2009.2より
(1) 事案の概要
本件事案は、給与所得者である原告(控訴人)が自家用車(以下「本件自動車」という。)の運転中に自損事故を起こし、まだ、本件自動車は自力走行できる状態であったが、修理には相当の修理代がかかることから、これをスクラップ業者に3,000円で売却し、当該売却価格から(売却直前の未償却残高と思われる) 300,000内を差し引し、た297,000円を譲渡損失として給与所得との損益通算による還付申告を行ったところ、被告(被控訴人)税務署長がこれを否認したものである。
このように、本件事案では、本件自動車の譲渡損失の損益通算が認められるか否かが争点となっているのであるが、以下のとおり、第一審判決と第二審判決(是高裁判決は第二審判決を支持。) とでは判決に至るまでのアプローチが異なっている。
(2) 第一審(神戸地裁昭和61年9月24日)判決
イ『生活に通常必要な動産』への該当性
第一審帯判決では、本件自動車について、
① 勤務先への通勤の一部ないし全部区間で使用しており、勤務先での業務にも使用していたこと。
② 通勤・業務のために使用した走行距離・使用日数はレジャーのために使用したそれらを大幅に上回っていること。
③ 車種も大衆車であること。
④ 現在(筆者注。昭和50年前後)における自家用車の普及状況等
を考慮すれば、自動車は原告の日常生活に必要なものとして密接に関連していることから「生活に通常必要な動産」に該当し、かつ、所令25条に規定する動産には該当しないことは明らかであるから、結果的に譲渡損失は生じなかったものとされ、給与所得との損益通算はできないと判示している。
また、上記①から④までの事実認定の下で、本件自動車が仮に「生活に通常必要でない動産」に該当した場合であっても、所法69条2項及び所令200条によって譲渡損失の金額は生じなかったものとみなされることとなり、譲渡損失の金額を給与所得の金額から控除すべき旨の原告の主張は、その余の点について判断するまでもなくいずれにしても採用することはできないとも判示している。
ロ 一般的な家庭用資産に関する区分
第一審判決では、原告は、一般的な家庭用資産を
① 生活に必要な資産(最低限度の生活に必要な動産)
② 生活に通常必要でない資産
③ 上記①及び②以外の一般資産
の三つに区分できるとし、本件自家用車は③の一般資産に属するものであり、その譲渡損失は給与所得との損益通算が可能であると主張しているが、これに対しては、「・・・原告の右主張は税法上の取扱いとしては、合理的な解釈として現行法上も是認されるべきであるとする見解も見受けられる。しかしながら、立法論としてはともかくも、上記①(筆者注)の資産の範囲を原告主張のように限定的に解釈する合理的根拠はない。
すなわち法9条1項九号の規定は、シャウプ勧告に基づき昭和25年の譲渡所得課税の整備の際に創設されたもので、その立法趣旨は・・・(中目的・・・とりわけ担税力を考慮したためと解され、その趣旨を受けて、令25条も生活に通常必要な動産のうち一定額以上の貴金属、書画、こっとう等(これらは担税力があるものと考えられるものである。)を除き、非課税にしたものである。同条項の改正経過をみても、昭和25年の改正に際しては『生活に通常必要な家具、什器、衣類その他の資産で命令で定めるもの』とされていたのが、昭和40年の全文改正で現行のように『生活の用に供する家具、什器、衣類その他の資産で政令で定めるもの』となったもので、この改正経過に照らしても原告主張のような制限的解釈をする根拠は認められない(『最低限度の生活に必要な動産』などと資産の範囲を特に制限する規定の仕方ではない。)。
さらに、法9条1項九号を制限的に解釈し、令25条は列挙した貴石・書画につき生活に必要といいうるものであっても一定額以上の高価品は非繰税扱いの対象から除外する点に意味のある規定と解するよりは、法9条1項九号が生活の用に供する資産のうち非課税とする資産の具体的範囲につき令25条において定めることを委任したものと解するのが、文理上も法律と政令との機能分担からしても相当である」として、所法9条1項九号を制限的に解釈し、現行法上の根拠規定のない原告独自の概念である一般資産というカテゴリーを設けることで、本件自動車が所法9条1項九号にいう「生活に通常必要な動産」に該当しないとする原告の主猿を退けている
ハ 給与所得者の有する有形固定資産について
第一審判決では、原告は、給与所得者であっても、その有する有形固定資産は税法上、① 収入を得るために用いられる資産
② 生活の用に供する資産
に大別され、本件自動車は上記①に該当するとして、所法69条1項による損益通算を認めるべきであると予備的に主張しているが、この点については、「・・・その前提において独自の見解によるものであり、しかも、本件自動車が課税される資産に該当することを前提とするものであるところ、・・・(中路) ・・・本件自動車は、法9条1頁九号に該当する非課税資産に該当するものである」として、この点に関する原告の主張は、その前提において理由がないといわなければならないと判示している。
(3) 第二審(大阪高裁昭和63年9月27日)判決15及び最高裁第二小法廷平成2年3月
23日判決16
イ『生活に通常必要な動産』への該当性
第二審判決では、本件自動車の使用範囲をレジャーのほか通勤及び勤務先における業務にまで及んでいるとした上で、
① 本件自動車をレジャーの用に供することは、「生活に通常必要でない資産」に該当する。
② 本件自動車を勤務先における業務の用に供することは、雇用契約の性質上、使用者の負担においてなされるべきである。
③ 本件自動車を通勤の用に供したことについて、その区間の通勤定期券購入代金が使用者によって全領支給されている事実から判断すると、本来、そのような行動をとる必要性がなかった。
④ 本件自動車を勤務先における業務の用に供することについて、雇用契約における定め等、特段の事情も認められず、業務の用に供する義務があったとはいえない。
⑤ 上記①から@までの事実によると、本件自動車が生活に通常必要なものとしてその用に供されたと見られるのは、通勤のため自宅から自宅の最寄り駅までの間において使用した場合のみであり、それは本件自動車の使用全体のうら僅かな割合を占めるにすぎない。
といった事実認定から、本件自動車は、その使用態様より見て「生活に通常必要でない資産」に該当するものと解するのが相当であるとし、仮に控訴人主張の譲渡損失が生じたとしても、それは、所法69粂2項にいう「生活に通常必要でない資産」に係る所得の計算上生じた損失金額であることから、同条1項による他の各種所得金額との損益通算は認められず、所法69条2項及び同項の委任を受けた所令200条の規定にも該当しない。
また、本件事案は、資産の譲渡による利益そのものがないことから、所法33粂3項本文かっこ書き(他の資産の譲渡益からの控除)の適用もなく、控訴人主張の譲渡損失は、仮にこれありとしても、税法上控除の対象となる金額ではないと判断している。
ロ 一般的な家庭用資産に関する区分
控訴人は、第一審と同様に本件自動車は「一般資産」に該当するものであり、その譲渡損失については所法69粂1項により給与所得の金額から控除すべきものと主張している。
この点について、第二審判決では、「・・・法・令は、給与所得者が保有し、その生活の用に供する動産については、『生活に通常必要な動産(法9条1項九号、令25条)と『生活に通常必要でない資産(動産) (法62条1項、令178条l項三号)の二種に分類する構成をとり、前者については譲渡による所得を非課税とするとともに譲渡による損失もないものとみなし、後者については原則どおり譲渡による所得に課税するとともに、譲渡による損失については特定の損失と所得との間でのみ控除を認めているものと解するのが相当であって、『一般資産』のような第三の資産概念を持ち込む解釈には賛同することができない。
したがって、右控訴人の主位的主張は実定法上の根拠を欠き失当である(り)」として控訴人の主張を退けているe
ハ給与所得者の有する有形固定資産について
控訴人は、第一審と問織に給与所得者の保有する有形固定資産を事業所得者のように「収入を得るために用いられる資産」 と「生活の用に供する資産」の二種に分類し、本件自動車は前者に該当するので、その譲渡損失については法69条1項により給与所得から控除すべきものであると主張している。
しかし、この点については、「・・・給与所得者については、事業所得者についてのように、法・令において必要経費やこれに関連して所得を生ずべき事業の用に供される資産等の規定が置かれていないが、それは法が給与所得の金額をもって、その年中の俸給・給料・賃金・歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とし(法28粂)、事業所得の金額のように、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする仕組みを採用していないことによるものである。
思うに、所得を収入と経費との差額としてとらえる考え方は合理的であり、収入を得るために必要とする財の犠牲が経費である以上、このような意味での必要経費は給与所得者についても存在しうることは否定できないけれども、問題は、これに関して法律上いかなる仕組みが採用されているかであって、現行の法は給与所得者について事業所得者におけるとは異なる仕組みを採用し、必要経費の実額控除を認めず、その代わりに事業所得者等との租税負担の公平を考慮し概算経費控除の意味で給与所得控除を認めているのである。このことに照らすと法は必要経費の実額控除をなすことに係る『収入を得るために用いられる資産』なるものは認めていないものと言うほかない。」として、控訴人の主張を退けている。
(4) 本件自動車の所得税法上の性質
本件事案では、本件自動車を第一審において「生活に通常必要な動産」であると認定し、逆に、第二審において「生活に通常必要でない動産」であると認定している。結果的には、どちらにしても本件自動車の議渡損失と給与所得との損経過算は認められないということになるのであるが、このような認定の違いが所得税法上もたらす影響は大きなものがある。
それは、第一審判決のように本件自動車を「生活に通常必要な動産」に該当すると認定すれば、災筈等によって被った損失は雑損控除の対象となり得るし、逆に、第二審及び最高裁判決のようにこれを「生活に通常必要でない動産」に該当すると認定すれば、当該損失は雑損控除の対象とはならないということである。では、本件自動車の生活への「通常必要性」をどのように判断すべきなのであろうか。単に、その使用目的・状況によって判断することが本当に判断必準としてベストな選択であると言えるのであろうか。
この点について、佐藤英明教授は、「・・・ある動産が生活に通常必要かどうかを判断するためには、一般的に考えて現在のわが国でそれを所有することが『通常』かっ『必要』であると考えられるかどうかということが基準となり、その動産の現実の使用態様やその所有者の個人的な事情は考慮要素に含まれないのであるが、ただ、例外的に、その所有者の住む地方の特殊性として多くの人々の共通と考えられる要素は考慮すべきである,」と述べられている。
私見としては、事実認定において、本件自動車の使用目的・状況といった「通常性」のみに重点を低いた第一審判決よりも、やはり、これら「通常性」に加えてその「必要性」にまで踏み込んで判断している第二審及び最高裁判決の方が支持されるべきであろうと考える。
(5) 原告(控訴人)が主張する「一般的な家庭用資産に関する区分」
本件事案では、原告(控訴人)は、一般的な家庭用資産を三つに区分し、本件自動車は
そのうちの般資産に該当することから、その譲渡損失は給与所得と損益通算できると主張した。
しかし、この主張について、所法9条1項九号の「生活に通常必要な動産」に関する規定を「最低限度の生活に必要な動産」であると制限的に解釈することは、当該規定の改正経過から見ても相当ではないし、また、原告(控訴人)独自の概念である一般資産というカテゴリーを設けることは、実定法上の恨拠を欠き失当であるとした判決は妥当なものであると言えよう。
このような点から見ても、先に述べたとおり、所法9条1項九号及び所令25条に規定する「生活に通常必要な動産」の範囲については、やはり、例示列挙であると解するべきであり、その該当性の判断に当たっては、その資産を所有していることの「通常性」及び「必要性」について、客観的に検討することが重要であろう。
(6) 原告(控訴人)が主張する「給与所得者の有する有形固定資産」
また、本件事案では、原告(控訴人)は、給与所得者の有する有形固定資産を二つに区分し、本件自動車はそのうちの収入を得るために用いられる資産に該当することから、その譲渡損失は給与所得と損益通算できると主張したが、この点に関しても、実定法上の根拠を欠き認