安愚楽牧場投資損失の税務
安愚楽牧場の投資損失の税務
民事再生手続き開始決定に至る経緯
安愚楽牧場は、昭和56年に設立され黒毛和牛の畜産、黒毛和牛委託オーナー制度の運営、食品加工品の製造販売等を手掛けてきた。昨年の口蹄疫問題、本年の福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故の影響により経営状況が悪化し、平成23年8月9日に民事再生法による申し立てを行った。平成23年9月6日東京地裁は再生手続の開始を決定した。
和牛オーナー制度の概要
下記の金額は一例:
- オーナーは、安愚楽牧場から繁殖用黒毛和牛(以下、種牛という)を300万円で買い取る。
- オーナーは、購入した種牛を安愚楽牧場に預け飼養を委託する。飼養料は、年25万円でオーナー負担。
- 種牛が生んだ子牛は、安愚楽牧場が38万円で買い取る。
- 飼養委託期間は最低6年で、契約満了時に安愚楽牧場が300万円で種牛を買い戻す。
- 中途解約の場合は10%の違約金が必要。
注)預託品取引に関しては、過去に預託者が被害を受ける事例が多数あったことから、預託者の利益保護の立場に立ち、昭和61年5月23日に「特定商品等の預託等取引契約に関する法律」が創設された。
税務上の取扱の検討項目
1 所得税法上の区分
安愚楽牧場の投資損失の税法上の取扱いは、この投資からの収益が所得税法上、どの所得区分に該当するかによって変わるため、その区分を確認することが必要である。
次の所得区分には以下述べる理由により該当しないと考えられる。
- 利子所得(所法23-1) 支払先が金融機関でないため該当しない。
- 配当所得(所法24-1) 法人の剰余金の分配等でないため該当しない。
- 譲渡所得(所法33-1) 継続的に行なわれる資産の譲渡と考えられるため、譲渡所得に該当しない。
その結果、消去法で事業所得(所法27-1)か雑所得(所法35-1)が残るが、買戻条件付売買契約の場合は、金融取引としての側面が強調され、そこから生じる収益は金利として認識され、元本部分(種牛)は、貸付金あるいは出資金としての性格を持つと考えられ、また、事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業を営んでいる人のその事業から生ずる所得をいうことから、事業所得とは考えられず、雑所得とされると思われる。
一方、安愚楽牧場からオーナーに対しては、投資収益を金額の多寡にかかわらず雑所得として申告するよう通知が出されている。
2 雑所得の計算
- 雑所得金額 次のイとロの合計額(所法35-2)
イ 公的年金等の収入金額-公的年金等控除額
ロ 総収入金額(公的年金等に係るものを除く。)-必要経費
注) ロが赤字の場合イより差し引かれる。
- 必要経費
その年分の雑所得の金額(山林の伐採又は譲渡に係るもの並びに公的年金等に係るものを除く。)の計算上控除する必要経費は、原則として、売上原価などの総収入金額を得るため直接に要した費用の額及び販売費、一般管理費その他所得を生ずべき業務について生じた費用の額。(所法37-1)
- 損益の通算
総所得金額等を計算する場合に、損益通算できるのは不動産所得、事業所得、山林所得又は譲渡所得から生じた損失に限られており、雑所得から生じた損失は他の所得と損益通算できないこととされているが、(所法69-1)
雑所得の中では上記の計算式のように、公的年金等の収入を含め通算できる。
3 投資損失の取扱い
- 雑所得の基因となる資産の損失の金額は、その損失の生じた日の属する年分の雑所得の金額を限度として必要経費に算入することとされている。(所法51-4)
- 逆に言えば、このような投資損失はその雑所得の金額の範囲内でしか必要経費に算入されないこととされているので、それを超える部分の赤字は公的年金と通算する前の段階で切り捨てられてしまい、結果として公的年金等とは通算出来ないこととなる。
4 事例検討
(安愚楽牧場のオーナー契約を買戻条件付売買と見なした場合)
イ 期間満了で和牛を売却したケースの仕訳
(一年目)
資産取得 出資金 3,000,000円 / 現 金 3,000,000円
差金収入 現 金 130,000円 / 利 益 130,000円
雑所得 総収入金額130,000円 ― 必要経費 0円 = 130,000円
(六年目)
差金収入 現 金 130,000円 / 利 益 130,000円
買戻し 現 金 3,000,000円 / 出資金 3,000,000円
雑所得 総収入金額130,000円 ― 必要経費 0円 = 130,000円
ロ 契約途中で解約しケースの仕訳
(一年目) イと同じ
(三年目)
差金収入 現 金 130,000円 / 利 益 130,000円
途中解約 現 金 2,700,000円 / 出資金 3,000,000円
損 失 300000円 /
雑所得 総収入金額130,000円 ― 必要経費130,000円 = 0円
解約損失300,000円のうち、必要経費に算入されるのは130,000円だけ。(*注)
ハ 民事再生法の計画認定決定が行われたケースの仕訳
(全額切り捨てられたと仮定)
(一年目) イと同じ
(三年目)
差金収入 現 金 130,000円 / 利 益 130,000円
認定決定 損 失 3,000,000円 / 出資金 3,000,000円
雑所得 総収入金額130,000円 ― 必要経費130,000円 = 0円
貸倒損失3,000,000円のうち、必要経費に算入されるのは130,000円だけ。(注)
(注) 雑所得の金額の範囲内でしか必要経費に算入されない。(所法51-4)
5 雑損控除適用の可否検討
契約の途中解約による損失および民事再生計画の認可により切り捨てられることにより生じた損失については、以下の要件を満たしていないため雑損控除の適用を受けることはできない。
イ 損失の原因 災害又は盗難若しくは横領
ロ 資産の範囲 ①から④以外の資産
①たな卸資産 ②不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産およびそれらの事業に関する繰延資産 ③山林 ④生活に通常必要でない資産(所法72-1)